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ひら農園

Author:ひら農園
ようこそ、「農園日記」へ
北海道、十勝の新得町屈足地区で農業を営んでいます。
作物たちの成長や農村の暮らし、農園の四季を綴っています。

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北の農園日記
北海道十勝のこだわりのジャガイモ・とうもろこしなどを栽培し、産直販売や観光農園、農業体験も行っている、ひら農園のオーナーが日々の農園の様子をお伝えします。
行く道じゃ
2/12
“高齢者の権利擁護を考える集い”に参加して~

今日は札幌日帰り研修で、民生委員の立場でお声かけしていただき、「高齢者の権利擁護を考える集い」に参加してきました。
高齢者権利

会場は“かでる2・7”(北海道立道民活動センター)~
ちなみに“かでる”は北海道弁で『仲間に入れる』という意味です。(←あまり使わないけど…)

「高齢者の権利擁護と高齢者虐待」と題し北星学園大学の米本教授が講演した後、シンポジウム「地域包括センターを中心とした地域のネットワークづくり」をテーマに、道内のそれぞれの地域で取り組まれておられるシンポジストの方々から事例報告をうけました。

講演の枕で、
「本日、会場にお越しいただいた方たちは実務者がほとんどだと思いますが、内容として物足りない部分があろうかと思います。もしかすると、この3時間あまり苦痛を感じることがあるかもしれません…が、まさに皆様にとって虐待にならないように主催者側も頑張ってまいりますので、どうぞよろしくお願いいたします」
と、主催者側のブラックな導入部分に少し肩の力が抜けましたが、おそらく介護や保健福祉行政に携わる方たち(素敵な女性スタッフがほとんど…)の中に、ポツーンと場違いないかめしい中年男子(どう見ても民生委員とかには見えないんですけど?みたいな…)が肩をすぼませて行儀よくお座りしているのはさすがに虐待でした。
(しかも会場ホールの椅子は硬くて狭くて、お尻イタタタタ~です)

特に印象にのこったのは、シンポジストの『札幌認知症の人と家族の会』の事務局長をされている石原優子氏のお話。

「特に、最近は男性(夫、息子)が介護する機会が増えてきたが、男性は職場以外のコミュニケーションを構築するのが難しく、介護中の悩みや苦労を内側に貯めやすい」
―たしかに内側にいきそう…もしもそうなったら、そんなスパイラルから抜け出せそう?抜け出せる?

「介護者の気持ち、苦労は介護者を経験した者でなければ分からない。家族会との連携など本音で話し合える場所をつくることが必要」
―たしかに…もしも、父、母、ヒラリー…を自分が介護する立場になったら、誰に悩みを打ち明けていいか途方にくれてしまうな…(たぶん、農場長が介護される方だけど、こればかりは分からないし)

「高齢者の被虐待者(被害者)は認知症を患っておられる方が多いが、他人がおもう以上に特に身内、子どもだからこそその症状の進行は辛くて客観的な受け止め方が出来なくなる」
―こわれていく両親や身内を想像するのって、つらいわ…もしも自分が認知症になったら…想像するだけで恐ろしい(怖)

「虐待者はむしろ親身で、普段はよく介護や面倒を見ている“親思い”“妻思い”“家族思い”の人が多い。心理的に追い詰められて、ある日ある時、理性では制御できなくなってしまう」
―なぜ?どうしてそんなことに?と思っていても、自分でも虐待者になってしまう可能性があるということ。やはり想像できないけど、辛いだろうなぁ~ということだけは何となく理解できる…

「家庭内のことは色々な事情が絡まっていて複雑。経済事情、家庭内の教育環境、地域の文化性…etcなので、なかなか外部からの目が行きとどかない。他人に見られたくないという感情が優先してしまう」
―在宅介護の過大な期待は禁物~って、言ってもまだまだ社会風土として“家族制度”は健在だから、そこを整理して折り合うのって難しい課題だわね…

「概して母親は息子に下の世話、排泄の介助をしてもらうことを嫌がる傾向がある」
―想像できない…おふくろのオムツ交換している自分なんて~

色々なものが胸の途中につかえて、ストンとするものがありませんでした。
むずかしい…そんな想いで帰宅するのでした。

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実はこの研修、参加意欲がムクムクとなったのには訳がありました。

とある老人会の会計さん。御年88歳でご自身で車を運転されて、そのへんの若者よりお元気で達者!
ちょっと耳は遠くなったけど、責任感のある方だからそこはしっかりお仕事はしますし、長年の信頼も厚い。

ところが、昨秋その方の奥様が膝の手術をされて入院。気の毒に術後が思わしくありません。
親族や遠くにおられるお子様たちは、高齢のお年寄りの一人暮らしは何かと心配…で、町内のシニアハウスにお引越しをすることになりました。

そんな家庭内のパタパタ続きや引越しのあれやこれやで、老人会の会計業務が滞ってしまったそうです。
もうそろそろ、年度総会なのですが決算がままならないとのこと…
父が老人会の新人副会長をしていることもあって、お世話好きなベテラン会長さんが幾度となくわが家にみえられて色々と頭を悩ましている様子。

そもそも組織やグループの会計となると、人様のお金を預かっているわけですからいいかげんな人には任せておけません。
少年団や体育連盟の単位組織の会計、地域の社会教育協議会の会計、PTAの会計、サークルの会計、町内会の会計…すべてそうです。なかなかたいへんなお仕事です。それも、ほぼボランティアですから…

もちろん、老人会の会計だって…

でも…、若い人だって間違ったり勘違いしたりすることはあるわけですが、高齢の方となると勘違いや思い込みが思わぬ方向に働いて、場合によっては地域内のコミュニケーションに大きな歪みを生じてしまうことも有りだったりします。
「おさめたはず」
「いや、おさめてない」
「絶対払った」
「払ってないって!」
ほんとうに、大げさな話じゃなくて…実際ご近所であったことですし、ありうることです。

知らない人や携わらない方から見れば、「そんなことで?」とナンセンスに思うかもしれませんが、地域全体が親戚みたいなお付き合いをしていると、いったんボタンをかけ違ったりこじれると簡単に修復できなくなってしまいます。

そういう意味では、“隣は隣、私は私”みたいに地域と私、他人と自分に明確な境界線を引いていた方が結果的に無駄な体力を使う争いごとを回避できるというものですが…地域は地域、よそ者や風の人にはわかりえないドロドロしたものがあって、そんなことと付き合うくらいならシャットアウトしてしまった方が楽と言えば楽なのでしょう。

でも、ドロドロが嫌だからとシャットアウトしてしまえば…
そう~たとえば都会の生活は便利で楽なのでしょうがその部分と引き換えに、お隣さんがどんな素性の人かわからず、子どもには知らない人とは物騒だからしゃべってはいけないと教え込ませ、ある日、突然理不尽に殺人事件などに巻き込まれたり、後になってみればやはりおかしいとおもっていた隣人は麻薬パーティーをやっていたり、テロ組織の構成員だったり、孤独死したりしていたりして…
なんて暮らしの方が、実は田舎よりずっと限界集落っぽいです…わねぇ~
(だから田舎はいいよ~とはいいませんが)

しかし、やはり田舎は住みづらいし生活そのものが厳しい。だからこそ、助け合わなくては生きていけませんし、たとえ意図的、作為的な非協力者とも最低限のお付き合い(いわゆる“村八分”…二分はそれなりにつきあうよ~の意味)がベースとなってコミュニケーションが形成されていきます。

ましてや高齢世帯が内包すれば地域内における相互扶助、互助活動は欠かすことができません。
それこそが、“地域力”の基礎。ちなみに、その基礎部分がしっかりしているところは犯罪が少なかったり、子どもの学力や生活充実度が高かったりする…という説もあります。

だからなおさらお金のことは…
こと老人会だからこそ、きちんとしていなくてはなりません。

以前は、その部分(老いのハンディキャップ)をサポートするノーマライゼーション的なコミュニケーションが地域に存在していました。
中立で地域のドロドロにしがらみのない経験値のある知識人…
そうです~小学校の校長先生や教頭先生、事務の先生、保育所の園長先生etc

ところが近年、閉校廃校になってセンターコミュニティーを失ってしまいました。
この辺から、地域力は一気に枯れ進んでいきます。
小学校は単に学校教育の場ではなく、PTAも、青年団も、老人会も内在する地域を創造する幹の役目を有していたことを今更ながら知るのです。

ご多分にもれず、当地もまさにそんな地域…
あるはずのものがなくなって、ないはずなのに無性に苦しく、ないことが痛かったりします。
これを地域の“幻肢痛”と言ったりしていました。
そんな幻肢痛と、付き合っていかなくてはなりません。愛する郷土に住み続ける以上は…

さて、そんな老人会の会計の件、何とかならないものでしょうか?
もしかしたら件のシンポジウムやその業界では高名な大学の先生がそんなヒントを持っているのかもしれない…
土くれのお節介なホッチャレ青年に、もしかしたら出来ることがあるかも?
そんな想いの参加だったのですが…

会の最後に主催者が、反面教師にしなくてはと川柳を…
『国のため 死んでください 高齢者』
最後までブラックな先生たち~

笑っていられるうちはいいのかも…
いえいえ、笑えるくらいの余裕がなくてはならないのでしょうか?

『年寄り笑うな行く道じゃ』

やはり、だから笑えませんが…春はまだ遠いような気がします。




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リンゴに託してみる
12/24
リンゴはなんにもいわないけれど~

心と身体に贅肉付きまくりな中年オヤジでも、やはりイブは何となくウキウキとしてしまう~
もちろん期待するものは何もないけれど…

そんな今日は、朝からめまぐるしかったですwww

長男の大学入学の手続きで入学金やら授業料を朝一番で振り込んで、必要書類をそろえて大学事務局に届けて~
(速達じゃ間に合わないかも…っていうから)

手続きで街に出たついでにサンタさんに娘たちとヒラリーにプレゼントを頼んで~
(農場長の予算内で…とお願いしてきました…久々…)

JAに行って今年一年の経営勘定(通称クミカン/組合員勘定)を締めるための、仮手続きをして~
(予想以上に大苦戦でした↘↘↘)

信用金庫に行ってとっくに満期になっていた定期積立貯金を解約してきて~
(書類を整理していたら思いがけずポロッと証書がでてきたので…♪)

そして昨日、町内会の年末集会があって町内会長さんが交替されてその手続きやら、相談やら、書類やらをそろえるために役場に出向いた後、次期町内会長さんのお宅にお邪魔したのでした。
シニアハウス

実は次期町内会長さんはかなりご高齢で、この秋に奥様が膝の手術をされて現在も入院していて、いわゆる“独居世帯”
ご家族はさぞや心配だったことでしょうが、幸いにも町内のシニアハウスに空きがあってこの一か月前ほどにそちらに引越されたとのこと~

町内会は、農家戸数6戸、元農家3戸、非農家1戸で構成されていて、基本的には町内会長は輪番でうけもってきました。
ちなみに農事組合の班長は組合員農家6戸で輪番しています。農事組合の班長は町内会の副会長を兼ねているのですが、今回農場長がその班長の出番になったので、町内会外に引越しされた町内会長さんを代行することになったのでした。
では、そもそもなぜそんな方に町内会長をあてるのか?といえば…もう少し配慮したほうがいい~という意見と、お元気なら少しでも何かやってもらった方がいい~という意見とぶつかりこのようになってしまいました。
次期会長さんは別にボケているわけでもなく、というか若い人(ちなみに戸主では町内会では農場長が一番若い)よりしっかりしていて、むしろ達者でお車も運転されますし老人会の例会には欠かさず出てこられたりします。
ただ、お耳が少々遠くなったのと、やはり奥様が想うように回復されないこともあってちょっとつらそうなご様子。

とりあえずは、副町内会長である農場長が代行するように手続きをして、諸々の打ち合わせに筆談を交えて何とか年越し前の懸案事項をクリアするのです。

筆談で~

「12月にしてはずいぶんしばれていますので、風邪などひかれないようにご自愛ください。
青森の友人から送られてきたリンゴを食べてみて下さい。
ビタミンCが豊富なので風邪予防になると思います。
町内会のことはご心配なさらずに、きちんと代行いたしますからご安心ください。」

「いや~よかった…ありがとう♪リンゴまでいただいて~色々とお世話をかけますね…すいません」
りんご

「大丈夫ですよ~心配しないでください♪どうぞ、よいお年をお迎えください。」

「ありがとう、ありがとう~」

実は農場長、民生委員でもあったりして…
~心配事や相談事があれば何なりと…ただし、あまりお節介にならないように~
なんていうのが民生委員の基本的ポジションなのですが、“お節介にならない程度に、こっそり陰から見守る”~というのが心情的に無理な修業の足りない農場長は、弘前の友人のリンゴに出番をお願いした~といったところ。

リンゴはお節介だったかも知れないし、サンタのプレゼントにしてはもう少し工夫したほうが楽しめたかもしれませんが、老練な町内会長さんのゆく年とくる年をともに見守ってもらえたら~

リンゴはなんにも言わないけれど、リンゴの気持ちは~♪

年の瀬に、鼻歌を唄いながらホワイトなイブの夜の家路につくのです。




見えないところこそ
2/19
今際の際の人の尊厳の話~

東京から札幌に~今日は北海道指導農業士会、農業士会の総会と記念式典。
新年度から北海道農業士会の理事を仰せつかることになりました。

そんな札幌の夜は、次日(20日)農政改革特命チームのヒアリングのオファーを受けて北の関係者と作戦会議。
ススキの交差点
色々な御縁ってあるもので、一昨年から民生児童委員をしているからというわけではないですが、医療関係の方と意外と深いやり取りができました。

いわく~
「なんでも、効率だけで片付けられないことってあるでしょ?

例えば、終末医療の現場だといかに心安らかに最期を迎えてあげさせるかが、遺されたもの、遺族の想いだったりします。医療現場の人間はそのお手伝いをすることが使命だったりします。

でも、残念ながら全ての人がそれを望み、そうなるとは限りません。
長期入院だと家族のお見舞いも途切れがち…医療現場も、患者さんのケアに緊張感がなくなります。

そんなお年寄りがある日、亡くなりました。
『家族の方、来られる前に見えないところだけ処置しちゃおうか~?』なんて、会話に愕然としてしまいました。
しかも、御遺体の移動に葬儀社のスタッフは携帯電話片手に、両手をふさがれたら肩に挟んでの片手間仕事(怒)!

これは、倫理の話…人の人としての尊厳の話です!経済効率や景気悪化がどうの、産業の空洞化がどうの…といった以前の話です!」

そう…亡くなられた時点で科学的には一つの“物体”にしかすぎませんが、でもヒトなら
「おばあちゃん、いままで良く頑張ったね~ありがとう」
と、手を合せ
「安らかに…天国に旅立って~」
と、髪をなで頬をさするのが、家族であり遺族です。
それを側にいて支えるのが、医療スタッフや葬儀社のはず…

「見ていないようで、意外とちゃんと見られていたりします。
普段そんな見えないところに気を配ることが出来なければダメなんですよ…どんなことでも」

農業も…それに従事する人も、目に見えない何かに支えられて生かされています。

そんな、目に見えないものに気遣える美しくも逞しい人になれればいいのですが~




とつとつと…もやもやと…
2/8
除雪に思う限界集落と社会福祉~

朝起きてみると昨夜からの雪が、意外にも積もっていて朝飯前のトラクターで除雪~
午前中には晴れてきてフワフワした新雪もペタンコになってしましました。
除雪3ハウス

暦の上では春をむかえて、確実にお日様の力が増してきているようです。
(最低気温はまだまだマイナス二桁ですが~)

朝食をとった後で、今度はご近所のお独り住まいのおばあちゃま宅の除雪にトラクター出動!
“緊急事態”なんてことを想定して最低限の生活スペースを除雪しています。
(←不謹慎ですが、田舎だとシャレにならないです…除雪してなくて玄関わきまで救急車両が行けないことも有りだったりしますから)
限界集落であっても、最低限出来るコミュニケーション~防災、防犯なんてカテゴリーにもなるのでしょうか~除雪支援…
除雪2

ところで、少し前“限界集落”をPCで検索してみると、あるサイトで興味深いやり取りがヒットしました。

それは、
『なぜ限界集落応援的な報道が多いのでしょう』という質問者と回答者のやり取りです。

質問者は
「最近の地方活性化関連報道を観ていると、人口が減ってきている限界的な地域の建て直しを何とか応援しようとする報道が多い。
日本の総人口が減ってくる傾向の中、経済的に成り立ちづらい末端の地域にいつまでも居座って、医療が不足だの、福祉の手が届かないなどと言っている住民は、国民の税金財産を無駄に使わせる原因を作っている我がまま人間なのではないのでしょうか。
限界集落があるから山野が守られているとかいう人がいるけれども、人がいない地域の保全をどうするか考える方が安上がり、効率的であるのは明らかだと思います。
このような報道が横行する背景、考え方を教えてください。」

さらに付け加えて
「参考ですが、スペインのマドリッドからグラナダまでの約5時間の列車の旅をした際、マドリッドから一歩外にでると一切住居は無く畑ばかりでした。地域ごとの拠点都市に集中して人々が住んでおり、畑には拠点都市から出かけて対応しているので、人口がたった3000万人でも住んでいるところの賑わいは失われず、インフラも効率的に提供されていました。
端っこにまで住み着くのは贅沢だと思うのですけど。」

そんな質問に対して回答者のほとんどは、反対の意見を述べています。

たとえば、
「大都市はピラミッド構成の頂点を極めている存在ですが、大多数の地方の農地や発電所からの食料や電力の供給によって生命線を繋いでいます。都市が自立できるなら、原発を都市の真ん中に置き、都市で畜産、農業、水産を賄ってください。」
とか、

「効率だけで暮らせるなら、世の中簡単ですよ。」
とか、

「都会は人が多いのだから道路が渋滞するとか、電車が混雑するとか、駐車場が少ないというのは当たり前の話でそれに対策をするのは税金の無駄遣いだといわれたらどうでしょう。人が多いのだから病院でも「3時間待ちの3分診察」も当然の事でそれをなんとかしろ~というのは贅沢だという意見もありかと思います。貴殿のおっしゃっていることはそのくらいの暴論です。」
とか…

ただ、中には
「都市へ移住してそこから農地へ通勤するのが正解です。
農地荒廃対策も個人にまかせるのではなく、農業法人を設立しそこの組織力でもって、対処すべきです。政府は移住支援補助金制度のような支援制度を立法すべきとおもいます。
山奥に道路、トンネル、堤防を造るよりもはるかに安くすみます。」

さらに、さらに…
「限界集落の住民は(ほとんどが農業)「先祖伝来の土地は捨てられない」という感情が強いでしょうが、そのような覚悟があるのなら不便でも住み続ければいいのです。
しかしそのような「個人のわがまま」へは1円の公費さえも使う必要はありません。
払った税金分ぐらいは還元させる権利はあるでしょうが、電気、水道、ガス、道路、トンネル、水害対策、通信、等々のインフラは新規には提供する必要はありません。必要なら、個人で工事費負担しなさいと言うのが筋ですね…」
とか、ちょっと乱暴なものも…

色々な意見や考えがあるのだな~と、思いました。

そんな時とシンクロして、某TV局のスウェーデンの高福祉高負担を取材する特別企画報道を何気に見入ってしまいました。
ヨーロッパ諸国はおしなべて付加価値税(日本で言う消費税)が高いです。もちろん、所得税も…
ちなみにジュネーブに向けたマーチに参加したH17時のフランスの付加価値税は19.6%でした。
ちょうど公務員制度改革議論などで、国会の予算委員会は”渡り”や”天下り”の問題で国民は憤慨している最中でしたから、TV画面にヒラリーと「ほらっ!だから日本はダメなんだょ~!」なんて、突っ込みを入れたりして印象に残りました。

実は農業の分野でもCAP(EU農業共通政策)などでは、かなり以前(1960年代)から農業構造改革には相当の税金が投入されていますが、規模拡大に向けての国民のコンセンサスの取り方として、離農促進対策というかなり寝技的な政策を導入しています。

そもそも、税金をどのように納め、どのように使うのか?
~という部分で日本は迷走しているように思えます。
(ちなみに、我が国は中福祉中負担ということだそうですが~)

限界集落対策を考えるとき、効率的な税金の使われ方を前提として施策対効果の高い制度を仕掛けていくのだとしたら、少なくとも現行の”中負担”(もしくは小負担)では、どちらにしても原資が足りないように思います。
アメリカに次ぐ農業王国フランスでさえ、それなりの高負担でしかそういった生産環境を実現できないのですから…

さらに言えば…
人がたくさん住んでいても、若者がたくさんいても、お隣さんがどんな素姓の人かわからず、ある日突然犯罪に巻き込まれたり、虐待で子供が殺されていたり、孤独死していたり…
それこそ、逆な意味の限界集落ではないでしょうか?
ただそこに、適当な数の人が住んでいればいい…ということではないはずです。

それはどんなシチュエーションであれ、コミュニケーション力から培われるものでなければなりたちません。
たとえば田舎だと、地域の青年団が社会教育や生涯学習から学ぶもの…が、相互扶助でありボランティアリズム。そんなトレーニングから地域貢献や社会貢献の実践を身につけます。
税金は“取られる”もの…ではなくて、いずれ自分や自分たちにはね返ってくるものとして“納める”もの…は、そんな社会貢献、地域貢献の延長線上にあると思うのですが…

意識的に“限界集落”をマイナスの面だけをとらえてアレコレとい言ったり書いたりしているつもりではないのですが、正直なことをいえば、むしろ息子たちやその下の世代のことを想うと言い知れぬ焦燥感に胸がつかえてしまいます。
そう…
実は本当に大変なのは、これからなのです…

おばあちゃま…
寒いのに、わざわざ外に出て玄関からニコニコとトラクターに向かって手をふってくれています。

そんなおばあちゃまの笑顔が絶えぬうちは…
その笑顔に応える、トラクターを操る若者の手が土塊のうちは…

この故郷はまだ…大丈夫だと思うのですが…




幸せの赤い羽根

12/20
降りしきる雪の中、長靴をはいて~

この冬の入り口、雨が降ったり、暖かだったり、そうかと思ったら-20度近くしばれたり、そして今日は午前中だけで20cmほど雪が積もったり~
いっきにホワイトクリスマスです。(帯広方面は雨だったようです。)
初冬の大雪

そんなあいにくの天気の中、今日は『赤い羽共同募金』活動をしました。
赤い羽根共同募金

昨年から民生児童委員を任されてのお仕事の一つ…
暮れも押し迫ってからでは“あずましくない”ので、出来るだけ早く済ませたかったのですがちょっと色々と難しいところがあって延び延びになっていたのです。

募金の徴収(←この表現、正しいでしょうか?)は、私ともう一人…婦人部の役員の方とセットでおこないましたが、その方も今回が初めて。

難しいところ~
実は、徴収方法を戸別訪問から町内会一括にしたかったのですが、やはりちょっとハードルがあったりして…

農村部は古い慣習というものに特に違和感がないのか、何年も(前任者だって)やってきているのだから今までどおりでいい~みたいなところがあって、しかも割と高額寄付者(3000円以上)が多かったりするので、この手の事業はある意味かなりデリケートです。
担当者が変わったのを契機に、より効率的にかつ公平性を保ちながら行っていきたいのですが、その調整に手間取りました。

たとえば、こんなご時世ですから寄付される方から
「我が家に寄付してほしいくらい…」
みたいなイヤミも言われなくもなく~
さらには、寄付行為ですから強制ではないのですが
「恥ずかしくない額をお願いします…」
なんて、過去には募金委員に言われたりして…(←ちょっと変だよね~)

ちなみに、当該地区は53戸、東西に3km、南北に5kmと大きなエリア。
募金委員の実費弁済(交通費や昼食代)は申告により寄付金から賄われています。
経費もできるだけ抑えていきたいところ~
(募金を集めておいて、「でも、経費もかかっちゃたんだよね~」はちょっとおかしい…)

いわゆる限界集落(担当のエリアでは、65歳以上のみの世帯が約半数!)のコミュニティーも、限界に近いのですが地域住民の組織や活動は実に多様になってきました。
同時に、共同募金事業も60年の節目を迎えて社会福祉制度の課題や要望も多岐にわたり、地域住民が安心して暮らせる地域社会の構築には地域住民自ら参加することが大切~と、されているのですが…

それでも、
「天気悪いのにごくろうさまだね~」
なんて、高齢で一人暮らしの町内会長に労ってもらうと恐縮してしまいます。

「お元気そうでなによりです。お体に気をつけて、よいお年をお迎えください…」

結果的にすべての町内会に賛同をいただきました。
感謝…ありがたいです。
普段、なかなかお会いすることがないおじいちゃま、おばあちゃまのお元気な姿にエネルギーをいただいて、自身のめんどくさがり屋を反省するのでした。