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ひら農園

Author:ひら農園
ようこそ、「農園日記」へ
北海道、十勝の新得町屈足地区で農業を営んでいます。
作物たちの成長や農村の暮らし、農園の四季を綴っています。

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北の農園日記
北海道十勝のこだわりのジャガイモ・とうもろこしなどを栽培し、産直販売や観光農園、農業体験も行っている、ひら農園のオーナーが日々の農園の様子をお伝えします。
風の人

3/25
屈足南小学校・屈足中学校合同送別会~

今日は転勤する先生方の送別会。
昨年と引き続いて、会場をサホロリゾートホテルにて中小PTA合同の送別会です。
送別会

マネジメントは中学校~PTA会長は一番最初の出番“主催者の挨拶”です。
ちなみに司会進行はPTA育英部長のマダム・ヒラリー
(久々の夫婦共演です)

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【中小合同送別会 主催者あいさつ】

実は私、泣き虫の家系ですのでこのような会は非常に苦手なのですが、主催者を代表いたしまして一言お礼と惜別の言葉を述べたいと存じます。

ハウスの中のビートの若芽も、春の陽気に促され日に日に逞しくなってきましたが、今日は皆様の心もようをお天気の神様が察したようななごり雪の中、この日を迎えることとなりました。

ご案内のように昨年同様、本日は小中合同の送別会を企画しまして皆様には年度末、年度始めを控えてたいへんお忙しい中、PTA会員はもとより町議の皆様をはじめ地域の皆様にこのようにたくさんご参集いただきましたこと、感謝申し上げます。
また、日ごろからPTA事業に際しまして多くの御支援、御協力、御参画を受けておりますこと、この場をお借りいたしまして、あらためて感謝と敬意を表するところでございます。

まずもって転出される先生方には、子どもを通じて、あるいはPTA活動を通じて、学校づくりや地域づくりにご尽力いただきましたこと、感謝申しあげる次第です。
私事でたいへん恐縮なのですが、卒業生を持つ者として今更ながら先生たちと子どもたちの絆が子どもたちをひと回りもふた回りも大きく逞しく豊かに育てていただいたのだな~と実感しております。
おそらくは同じ道を目指し、時には同じ道を迷い、同じ道を求めていたからこそ流せる卒業式の涙のひと粒ひと筋は、多くのものを共有した証であることを知って、言葉では言い尽くせぬ感謝の気持ちで一杯でございます。

また、同時にその絆は私どもと先生たち、地域と先生たちとの絆でもあります。
その絆を糧に、どうか新任地に行かれましても子どもたちに、保護者に、地域に愛される先生として御活躍されることを御祈念いたしております。
いつまでも、いつまでも子どもたちと私達のそばにいて、励まし導いていただきたいのですが、先生たちは風の人…それもまたままなりません。
別れの春で、たいへん名残惜しいわけですが、あの時のあんなこと、こんなことを思い起こし、今宵語りつくせないくらいの邂逅を確かめ合い、新しい春を迎えて踏み出す先生たちの背中をそっと押してあげればと思っております。

最後に、本日この出会いとお別れ時が、御参会の皆様の明日を創る大切な一時になりますよう、願いまして主催者の挨拶といたします。
先生方、本当にありがとうございました。ご苦労様でした。

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二次会で転出される若い某N教頭先生と…

某N教頭「会長の御挨拶の中で、風の人と言っていただいて…」
農場長「教頭先生に教えていただいて、お気に入りなんです。転勤族は“風の人”、地元の人は“土の人”♪」
(“風の人”“土の人”~某N教頭から教えていただきました。)
某N教頭「はたしてよい風を吹かすことが出来たのかどうか…」
農場長「例えば、私達の業界の話で例えたら~
私達の子どもが希望ある未来の種だとしたら、どんな花を咲かせ実をつけるかわかりませんが、郷土という土に植えられようやく萌芽した幼芽です。
風は雨を呼び、土を乾かし地温を上げ、光合成を促します。風が吹くことで茎も葉も丈夫に育つんですよ。
時には優しく、また時には厳しくその幼芽と土を育て、見守っていくのが風の人の役目なのではないですか?」
某N教頭「そうですね…そうあるべきですね!」

かたいかたい握手

子どもたちの恩師の風が、私たちの胸にも手にもしっかり刻まれていきます。

お世話になりました。
どうかお元気で~
また、笑顔でいつか再会できますように…

少し痛飲をするなごり雪の夜に、新しい春を行く者の背中をそっと押してあげるのでした。




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新しい風を起こせるか
3/21
やはり何かある…暴風の理由~

前日~
和寒は某中原氏(H15年度第26代道青協会長)の御子息の結婚披露宴の後段、全国地域リーダー農業政策研究会の代表の熊本のM氏や宮城のM氏をスペシャルゲスト(お二人とも元全青協会長)に、道青協会長経験者の新篠津の某北野氏(H11、12)、美唄の某谷村氏(H13、14)、秩父別の某杉山氏(H18、19)と現役の某牧会長をまじえて大懇親会に~
こうして集ってみるとあらためて、そうそうたるメンバーですな~
(地元とはいえ、上川地区の役員さんたちもご苦労様でした)

御子息の披露宴もある意味、壮大な政治ショーの様相だったでしょうが、わざわざ御子息と花嫁さん、あまりかかわりたくないオジサン達の懇親会場にご挨拶に来てくれました。
(新婚初夜なのに、申しわけないです←“新婚初夜”なんて死語でしょうかね?)

オジサン達を代表して、お祝いの言葉をお贈りいたしました。
「偉大なお父様の背中を超えることは、並大抵のことではないけれど、そういうもの達に育まれたことを糧にいつかお父様の…私達の背中をのり越えていく、郷土を愛し故郷に愛される逞しい若者になって素晴らしい家庭を築いてください」
~みたいなことを言ったかも…
(すっかりいい気分で酔っぱらっていたので、はっきり覚えていないのですが~)

熊本の某M氏、すかさずつっこみです。
「ええこというな~金八先生みたいだ…ススキノじゃキン○マセンセイなのに~」(笑)
(ひゃ~~~か、か、勘弁してください~そんな若者の前でやめてぇwww)

そんなこんなで和寒の夜は更けていくのですが…
(しかもシメはジンギスカンだし(驚))


そして本日~
天気予報通りの暴風の中
昨夜のメンバーに加えて地元の農家の方たち、JA青年部の盟友たちが参加して農水省経営局経営安定室 某S課長補佐との戸別所得補償制度について意見交換会が開催されるのです。
総括らしき

やはり最大の関心事項は、H23年から導入が予定されている戸別所得補償制度の骨格です。
いわゆる現行の水田・畑作経営所得安定対策(品目横断)に代わる制度~

印象としてなかなか制度設計者もままならないということ。
制度を仕掛けていくまでのプロセスが旧制度から見て、不透明になってしまったことが各方面、関係者に色々不具合やストレスをためている感じです。

“政治主導で~”はそれはそれでいいのでしょうが、政務三役がそれぞれ現地ヒアリングをしていることをアリバイにして『パンパカパ~ン!』みたいに決められても、磨かれた制度にしていくには至難の業でしょうに…

ましてや霞が関と現場で
「こうしたいんだけど、どうします?どうすれば、そうなりますか?」
「こうありたいので、こうしてください!仮にこういう場合なら、これならそうなってこれでいいです!」
みたいなキャッチボールが出来ないのは非常にまずい!
まずいのですが…

私達の質問に某S課長補佐もなかなか苦しい答弁。
「にんげん○○として、おこたえしますが…」
あちゃ~言いずらそ…でも、そういう意味ではだから政策議論できちんと共有できる部分があるのですな~

旧法が出来た当時、戦後の食糧難で飢えた日本人の胃袋を満たすべく、農村は高度基盤整備事業が各地で導入され馬耕からトラクターに、手植えから田植え機に、鎌からコンバインに変遷を遂げ近代農業の幕開けを宣言しました。
同時に農村で余った労働力は都市に流入し、高度経済成長期を支える底辺になりました。
農業者は当時、お上に「頑張ればそれなりによくしてあげるから、余計なことを考えずに手と足だけを動かしてくれ…頭なんぞ使うなよ」と、搾取され飼いならされてきたのでした。
もちろんそんな関係ではまともなキャッチボールなどできるわけがありません。
何かを言っても上手いように言いくるめられて、霞が関は遠くにありて私たち農民を苦しめる悪の巣窟の象徴であったのかもしれません。当時は…

しかし、新法(食料農業農村基本法)が制定された以降は、少なくとも新時代にこそ求められる農業者にスポットライトをあてるものとなりました。

「意欲と能力のある担い手農業者の汗と努力に報いる制度であってほしい!」

遠い存在だった霞が関が近くなり、いつしか私達の声が束となって届くようになりました。

なので、だからこそここが踏ん張りどころ!
この農政改革が、真に農業者の自主と自立、自律を助けるものでなくてはなりません。
まずは、土地利用型、原料型作物(国家貿易品目)~国際貿易上、重要品目と言われているものは制度扶助が必要であるということを、農業者の体温で多くの国民、生活者に知らしめなくては…
「知らない誰かが勝手に決めた制度なら、補助金、助成金なんてもらった者の勝ちだもんね~」なんて、言っていたのでは、そもそも国民の負託にこたえることなどできるはずがありません。
補助金、助成金は本来農業者に産業使命や生産責任や食料安全保障を託された国民からの投資であり、預託金であり寄託金であることを生活者も生産者も自覚しなくてはならないのでは…?

補助金を双方が弱者に向けた“補助”するお金と思っているうちは、農業者の自主と自立、自律をかなうことはないと思うのです。
ひげのしんちゃん

やはり、色々なところで色々なお話を聞かせてもらうと色々な想いが渦巻きます。

農場長の自己紹介
「狩勝峠をこえて十勝は新得町というところからまいりました。実は新得は上川郡です。…身体は十勝、心は上川…一般参加者のひらでございます」
(石狩のいち盟友だったり、釧路のアダルト部会員だったり~←コウモリみたい?)
前出の熊本の某M氏、お隣の席にいてコショコショと…
「下半身はススキノやろが…」
(お願いです…もう許して下さい(願)なんでも言うこと聞きますから~)

それでも、こういう話を帯広でしたらまた少し毛色の違う意見交換会になっていたでしょうな~
と、思った次第。
もっとも、「“北海道?本作?畑作?わかんな~い?”なんてことでしたら、いっそEUモデルのクロスコンプライアンスの十勝バージョン、北見バージョンを仕掛けてみるのも手だよね~もう、産業政策のみでは農村は持たなくなっているのですから…」
なんて話も、帯広だとしてもいちからやらなきゃダメなのでしょうが…

実は本当は、上川の盟友たちに色々気を使っていただいたのにね~
生産的な課題提起できませんでした。
(ごめんなさい)

それでも、昼食の合間の雑談のなかで、某S課長補佐にどうしても確かめたかったことが…
農場長「H19に民主党が法案提出している『農家戸別所得補償制度』の計算式ってこれで合っていますか?」

======================

あくまでもバーチャル~例えば小麦
S町のH農園が10haの小麦を反収600kg穫っていたとします。
小麦の面積単価が(仮に)31千円(H21/12道庁試算)だったとします。
そして国の示す生産目標反収が(仮に)500kgだとすると…

[計算式]
600kg÷500kg×31,000円×100(10ha)=交付金額

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いわゆる“当該生産反収を生産目標反収で割ったものを生産換算面積とし面積単価を乗じた”~とする『生産換算数量的』な交付システム。

農場長「あってますか?」
某S氏「あってます。」
農場長「ではこの辺がベースになりそうですか?」
某S氏「いえ…まだそこまでは出てきていません。」
農場長「まだ?まっしろですか?いまもっても?」
某S氏「はい…全然まだ…」

あらららら…どうしましょ?
現場だけが先走ってしまっているでしょうか?
嫌な予感がします…
激変緩和を担保できるのなら畑作版のモデル対策導入でもかまわない~なんて言っている場合じゃないんだけどな~ほんとうは!

ちなみに、この後、色々と興味深いお話が聞けるのですが、これからさすがにNG…活字にはできません。色々ご迷惑かけてしまうことがありますから~
宿題を肴にして、教育的指導されたばかりですし)

そう!そう!そういえば~
先月、霞が関に某杉山氏とお邪魔して事務次官から『スタンプカード』いただきました
(皆:へぇ~?なになに?それ?あーあれ?)
(今のところ北海道に某杉山氏と農場長しか発行されていないレアカードです♪)
(いししししし…某中原氏、羨ましそうです♪)
そのお返しと言っては何ですが、『スタンプラリーカード』進呈いたします♪
オリジナルスタンプラリーカード

ちなみに、十、北、空、上、石、日胆、後は十勝、北見、空知、上川、石狩、日高胆振、後志です。
道青協会長経験者の出身地区の盟友数の多い順で並べてみました。
10個たまったら、霞が関にご案内いただけるはずなのですが~

某S課長補佐「おおおーーーー♪♪♪」
スタンプカードのいきさつ御存じなのでそれなりに喜んでいただけました♪

ぜひ、事務次官や幹部さんたちに自慢してください~

前日から某杉山氏と相談して、こそこそと作っておりました。
ちょっとお茶目だけど、ハイブローパンチをハイブローキックでご返杯した次第~

まずは現場の声を現場で聞いてください!現場を見て下さい!現場を知ってください!
そんな想いが詰まったスタンプラリーカード

10個たまったら本当は『ひら農園の秋の収穫セット(ヒラリーの笑顔付き)』でも良かったのですが、北海道を襲った暴風~
(何よりも非常事態の帰路に車を走らせてくれた新篠津の某仲西氏、感謝!感謝!感謝です!)
それにしても、霞が関方面から北海道に来られるときは決まって悪天候の時が多いです。
大雨、大風、大雪…時にはミサイルも…

帰宅して「またそんなくだらないことしてきたの?この非常事態中に!(怒)」と、爆弾低気圧なみのヒラリーの暴風に農場長がもみくちゃになったかどうかのお噂は、また別の風が吹いた時のこころまでーーー♪




前を向かなきゃ
3/15
第62回 新得町立屈足中学校 卒業式~

今日は中学校の卒業式
PTA会長なので祝辞の出番があります。
中学卒業

そして次女の卒業式
へっぽこPTA会長反省点多々…を、ふりかえって~


==================

「祝辞」

春の光が日に日に増して土塊の胎動を感じる季節に、今日のこの日を迎えることとなりました。
 
卒業生の皆さん、卒業おめでとうございます。

いま、こうしてあなた達を見ていると、その旅立ちの姿にたくさんの想いがあふれでてきます。

新しい春を迎える前にと、納戸を整理していたらあなた達が小さかったころの写真がアルバムに綴られているのを見るのです。

小さくて可愛いくて、先生が肩車してくれた小学校入学のときの写真
カケッコしてはふざけ合い、ボールとじゃれ合っている男の子たち
流しそうめんに舌鼓をうち、収穫祭や調理実習で笑顔いっぱいの女の子たち
凍てつく大気をものともせず、リンクを滑走するスケート少年団の仲間たち
道民球団の9連勝を見届けた修学旅行のクラスメイト

制服に包まれてもまだまだ幼かった君たちが、いまこんなにも逞しく、りりしく、輝いていることに、あなた達を支えているたくさんの人たち…お父さん、お母さん、家族、友人、先生たちは共に大きな喜びと感動で胸が一杯になっています。

そういうものに、あなた達は育まれ、見守られ、愛されてきました。

想い出して下さい
春の恵の豊かさを…汗と涙を流しあった体育祭
最後まで、最後まで…駆け抜けたグランドは、君たちのことをけして忘れません。

想い出して下さい
夏の雲湧くきらめきを…勝利と悔しさをチームメイトと分かちあった部活動
君たちの背中を、輝きを…後輩達はきっと受け継いでくれるはずです。

想い出して下さい
秋を彩る美しさを…一人一人が主役だった文化祭
迷いながら、悩みながら…取り組んだもの先に手に入れたものは、君たちを一回りも二回りも大きく成長させました。

想い出して下さい。
冬のシバレのりりしさを…それぞれの進路の想い
新しい春の旅立ちを前に、背中を押し、励ましてくれた父、母、家族、先生達、仲間…その暖かさを

その時、いつもあなた達のそばで支え、励まし、寄り添ってくれた大切な人たちがいたはずです。
時には厳しく諭し、迷った時は導いてくれた大切な人たちがいたはずです。
共に喜びあい、ある時はケンカもしてふざけ合って、それでも感動と達成感を共有した大切な人たちが、いつも一番そばにいたはずです。

そしてこれからはそれぞれの新しい春を迎えて、あなた達があなた達の自分の未来をその若さと、逞しさで拓いていかなくてはなりません。
そしてこれからは、あなた達が誰かのそばにいて、励まし、支えていく人になっていかなくてはなりません。
今この時を皆さんの土壌にして、可能性という種を植えてみて下さい。
あなた達がこれから動かそうとするものを、あなた達がこれから愛するものを探して下さい。
『あなたがそばにいたから、頑張れた…楽しかった…救われた…諦めなかった…嬉しかった…』
そんなふうに言われる、美しくて逞しい若者になって下さい。

卒業生のご父兄の皆様には、あらためてお祝いの言葉を贈りたいと存じます。
皆様には、本校PTAの事業に特段のご理解とご参画に長年にわたり力を注いでいただきました。今後とも変わらない愛情でこの地域の学校教育を共に考えることに、今少しの力をお借りしたいと存じます。

最後になりましたが、校長先生をはじめ教職員の皆さんには、子供達の陰となり、日なたとなり、時には横にいて、あるいは後から支えていただき、まさに日々育むことに多くの力を注いでいただきました。ありがとうございました。
この巣立ちの時を見送る私達と、子供を介しその絆を共有できることの素晴らしさを、今更ながら噛み締めております。

結びに、本日のこの旅立ちの時が皆さんの希望ある未来と、新たな可能性を創造する出会いにつながりますことをご祈念申しあげまして、お祝いの言葉と致します。

本日はおめでとうございました。

==================


娘たちには「もういいかげんやめたら~」と言われていましたが、お気に入りの「想い出して下さい…」のフレーズを今回も~

やはり卒業当事学年の親として、色々な想いが交錯します。
泣き虫の家系なので、原稿作成時点でポロポロとこぼれるものがありましたが、「いいかげんにしてよね!」と憤慨する次女(←自分だって去年は号泣だったくせにぃ)の前では、やはりはんかくさいことはできません。(はんかくさい→情けない状態、しょぼいこと:北海道弁)

初めての卒業生を送り出す若い担任の先生との絆が、彼女たちをひと回りもふた回りも大きく育てました。
いい卒業式だったね~♪

ところが…次女も、三女も、ヒラリーも、PTA会長の挨拶にはダメだしです。
「なんで前見て挨拶しなかったのさ~ずーっと紙に目を落としちゃって」

あのね…前向いたら、あふれる涙を止められないと思ったからさ…
だってあんなに小さくて可愛かったあの子たちが、こんなになっちゃってさ…

泣いてもいいから、前を向いて挨拶するべきだったでしょうかね?
そもそもPTA会長の挨拶なんて、どうせ誰も聞いていないのにね~

いやいや、まてよ…
ここはせっかく心をこめた当事者の祝辞だったのだから、前を向いて涙をこぼしながらでも卒業生を見て、在校生を見て、保護者を見て、先生たちを見て胸を張って堂々と挨拶をすれば100点満点だったのかも~
もう少し若かったらそうやってできたかもしれませんが…つまりそれだけ、老いたということか?
だんだんいっぱいになってきたわ~

来年はわが家にとって中学校、最終学年。
泣いても笑ってもあと一年のPTA会長~場数とか度胸とか経験値とか、子どもたちを前に偉そうに言っていても全然成長してませんなぁ

「想い出してください…」
来年は、正面を向いて送りだしてあげなければ~




土のかおり
3/14
いよいよ始動/ビートの播種作業~

新しい春を目の前にして、甜菜の播種作業がはじまりました!

日中はプラスになっても、最低気温は氷点下の二桁になる時も…
例年だと3月第一週の土日の予定で種下ろし(播種作業)を行うのですが、今年は2月…思ったよりしばれました。
寒いと余計な燃料たかなくてはならないし、それなら一週遅らせようか~となって、“なんちゃって新婚旅行四国神戸の旅”の帰宅の翌日から段取りを開始。
高校を卒業した長男が春休み中なので、おかげで段取り作業はかどりました♪
(若者一人ってやはりすごい戦力なんだな~)

前段の土通しから~
土通し全景
(3/7 家族総出♪)

苗床にしっかり灌水して…かけ土を通し…準備万端でのぞむ甜菜の播種作業~
次女の卒業式の前の日になんとか終わらせことが出来ました。

娘達の友人~明日の卒業式をひかえての中学生達にも手伝ってもらい総勢13名(内ひら家7名)のフルキャストの作業です。
種下ろし全景

通した土が入っているパックを移動して~
種おろしパック

“ペーパーポット”を“突起板”に展開して~
(次女同級生の3年連続の活躍のサキちゃんが今年は種下ろしデビューのミクちゃんと)

ベルトコンベアーから“土詰め機(北糖式)”にセットされた“ペーパーポット”に土を供給して『ドン!ドン!ドン!』と土を詰めていきます。
(農場長と三女と次女同級生のマコトくんが担当~マコト君さすが慣れてる!)

“播種板”からビートの種(ペレットでコーティングしています。)を、おとして…
(ヒラリーor次女が担当)
種おろし種板

ペーパーポットを修正してかけ土をかけてキャリアに移して…
(ご近所の幼馴染奥様と次女同級生のケント君と三女同級生のコウジ君が担当)

苗床に並べていきます。
種おろしシロ危ないよ
(長男の担当…もうすっかりベテランの域)
(苗床の仕上げは父が担当)

このあと、地温をあげて灌水~
芽を出すまで約一週間、畑への定植まで約50日
なかなか目が離せなくなりますが~

明日の卒業式、筋肉痛でイタタタ覚悟ですが、子どもたち本当によく頑張ってくれました。
このメンバーで土を動かすのも今年が最後かな…
晩冬のガンケ

いよいよハウスの中は新しい春を動かす土のにおいでいっぱいになるのです♪




いじめるから美味しくなる
3/5
春の陽気の神戸からしばれる北に帰ってくる~

前夜、神戸の友人夫婦と会食♪
たまたま縁あって京都の先輩僚友夫婦ともご一緒することとなってすっかり痛飲www

神戸の友人、H16年度に全国農協青年部協議会(全青協)の理事を一緒につとめて、農業の傍ら一年のうちの約三分の一を東京で過ごした仲間のひとり~
当時、全青協は50周年の記念事業年だったので、それはそれは濃密な一年でした。
「あのころって、“逆兼業農家”だったよね~」なんて想い出と笑い話に華が咲くのです。
京都の先輩僚友はこれまた不思議なご縁で、H19年に当時小学校6年生の息子さんを夏休みファームスティしてからの色々のお付き合い。

たまたま前段で近畿ブロックのJA青年部役員のOB同窓会があって、
「ひらちゃん、来るんやわ~」
「そんなら、うちらもお邪魔しますわ~」
(↑関西語、間違ってないでしょうか?)
というあらすじでの前夜の笑顔の再会となるのです♪♪♪
ヒラリーたち奥様方も家族のことや農業後継者のことなど、おおいに語り合ったようで充実のディナーでした。
(本当に縁とは異なもの乙なものです…不思議…)

そして本日、神戸の友人某山口氏宅(ドリームズ・ファーム)にお邪魔して、主力のハウストマト栽培のあれこれを視察させていただくのです。
某山口家

わが家も体験農園のお客様用にサービスのミニトマト、自家菜園規模で栽培していますが規模もさることながら、その草態が全然違います(驚)
かなりいじめてますな~
いじめトマト

専門家いわく「トマトは水も肥料もやりすぎたらダメ」~
この“やりすぎ”の度合いが難しいですし、少肥料ももちろんそれなりの“土づくり”がベースになっていることが前提です。
これからトマト

今春、大学生になる予定の長男は「トマトに挑戦したい!」などと、夢を語っていますがやはりトマト、難しいですわ~
お勉強!お勉強!とにかくお勉強です!
トマト選別

某山口氏「ちょっといじめすぎるくらいですが、糖度は自信あります!」
う~む…あまい!すーばらしい!!
わが家の場合、ヒラリーいじめても全然、美味しくならないし、そもそも愛妻家なのでいじめるなんてできませんわな~
某山口氏「ひらちゃんもちょっといじめられた方がいいんちゃう?」
ヒラリー「ほらね!」
痛いところチクチクとついてきます…(痛)
かんでかんでのトマト

帰りがけ、某山口氏の奥様には作りたての“いかなごの釘煮”をお土産にいただきました♪恐縮~~~
農場長&ヒラリー「北の農業もぜひ!ご夫婦で見に来て下さい!」
いつか必ず…かたくお約束をして~学習意欲をかきたてられた20年目の新婚旅行~
春の陽気の神戸をあとにして白い台地の北への帰路につくのでした。


~旅行余談~【泊地図】
今回の視察、研修旅行で愛媛県と兵庫県に初めて“お泊り”しました♪
泊地図H22・3
あと、20県!
山梨県、三重県は研修でお邪魔したことがありますがお泊りはなし
北陸~日本海側の県のお泊り機会、ないですな~
どういうわけか海のない県もなかなか行けなくて…沖縄も遠い~

もっとも、北海道内でも宗谷管内(稚内)、檜山管内(松前)のお泊りもないです。

いつか行けたら…

自分の目で見て、触れて、感じてみないとわからないことがたくさんあります。
そういうものを知ることは、人生の小さな真実をひとつ手に入れることなのだと思います。

豊かな生き方とは、そんな人生の真実に何を見出すかなのだと思えるようになってきました。

人生を折り返して想うこと…




“お弁当畑”から創られるもの
3/4
20年目の新婚旅行シリーズ/元気と笑顔と愛情をいっぱいに/愛媛編その2~

前夜、松山から新居浜に戻り、クックチャムの某藤田社長と某竹下専務とヒラリーと美人軍団に囲まれ楽しいお食事(北ではお目にかかれないお魚料理が素晴らしい♪)とアルコールにすっかり気を良くして~
しかも、前日のリニューアル問屋町店から仕入れたおかずも、冷めてもこれがなかなかおいしくて、胸も胃袋も既にいっぱいになっているのですが、ここからが大事なミッション。

お迎えに来ていただいて、向かうはクックチャム本社マザーキッチン工場です。

【コンセプトは「親切で、美味しくて、おしゃれ」】
FCも含めて58店舗を展開するお惣菜屋さん、クックチャムの心臓部の視察見学にヒラリーワクワクです。
“半製品”“キット”“路面店”???わからないことだらけだったでしょうね~

玄関正面に…あら?!
あら!あら!あら!ちょっと♪ちょっと♪ちょっと♪
354.jpg
(ウェルカムディスプレィ♪)
某藤田社長「こういうこと好きな職員がいてるんですよん~♪」
農場長&ヒラリー「いやぁ~~~恐縮です!ここまでしていただいて!嬉しいです!ありがとうございます!」

社員の皆様にあらためてご挨拶とお礼と~

そして、工場見学に~
352.jpg
ヒラリー、ははぁ~ふふぅ~んと感嘆しきり

各メニューごとの調材が入ったバットが、いわゆる半製品のキット
工場圧縮
これ!これこれ!アピタの某佐井社長のところの“タレ”
あぴた圧縮
これらを各路面店に配送して、調味料やタレを入れて調理して総菜として店頭に並べるシステム。
どこもここもやっていそうで、このシステムなかなかとりいれるところが少なくて、業界の中ではある意味画期的な方法なのです。

驚くのはどの惣菜も素晴らしく美味しいこと
某藤田社長「一番美味しい食材の一番美味しい時期のものを使っています。もちろんコストも大切ですが~おつきあいしていただいている生産者や産地に感謝です♪だから、ひらさんもがんばって作ってください!」

んねぇ~!最高のラブコールをいただいたと思って、力がみなぎります!
ヒラリー、拳に力がみなぎってますわ♪

実は、前夜の会食の時、
「ひら農園さんのジャガイモってどうしてあんなに美味しいんでしょ?」
とかとか質問されて(多少リップサービスもあったでしょうが~)雑談の中で、農場長のこだわりの想いを披露しました。

「昨年は凶作年でした。オーダーに応えられなくてご迷惑をおかけしましたが、そんな年でも割と満足に穫れた畑があります。どんな畑か…それは、“土づくり”に手を抜かなかった畑です。
その“土づくり”は5年や10年で完成しません。20年、30年、50年かけてようやく満足のいくものが穫れるのだと思います。もし、株式会社なんかが農業に参入して5年、10年やっても儲からないからや~めた…なんてことになったら、その土は、その畑は、その郷土は誰が耕すのでしょう。
いま、枯れ進む農村はそんな重たいテーマを内在しながら、共に考え共に行動を起こしてくれる生活者や実需者を私達も求めています。」

「“土づくり”アイテムは例えば有機物の還元や緑肥栽培だったりしますが、土地利用型で原料型作物の営農類型で欠かすことのできない農法が“輪作”です。
これを例えば小学校中学年の農業体験事業などで受け入れたとき、こんな話をするのです。
『なぜ輪作をするのですか?』
『例えば、君たちカレーライス好きだろう?でも、朝、昼、晩、365日毎日カレーだったら嫌になるだろう?やっぱり、ラーメンも食べたいし、お寿司も食べたいし、焼き肉や肉ジャガだって食べたいよね~?
土や作物も同じなんだよ~同じ作物ばかり作り続けていると土もおかしくなってしまう。カレーも好きだけど、ラーメンやお寿司も食べられるような土にするためには、輪作が必要なんだよ』」

某藤田社長、某竹下専務「あ~~~!なるほど!うん!うん!そうなのね!」

農場長「そんな土を大切にしているところから作られた野菜たちなんです。わが家の野菜たちは~」

そんな想いのお返しが「がんばって作ってください!」
美味しい!には、欠かすことのできない調味料なのですな~
(お惣菜の前で“有機物”の話はNGなのでしょうが、その量と質こそがミソと言えばミソ!)

見学後にウェルカムディスプレィと記念撮影を~
記念撮影圧縮
ヒラリー、感動しております。
クックチャムのスタッフの皆さんの笑顔、本当にありがとうございました♪

【工都・新居浜】
クックチャムを後にして、ご案内をうけたのは別子銅山記念館。

新居浜は住友家の銅山開発で栄えた工業都市で、銅山は元禄年間(1690)に開坑され明治、大正、昭和と280年あまり営々と掘り続けられた歴史を持っており、某藤田社長のご実家や関係者も銅山や住友グループで働いておられたそうです。
ミュージアムの当時の写真をとおして、切なそうな懐かしそうな複雑な眼差しを拝見して、きっと想い入れの深い大切な空間であることを推してはかるのです。
銅山圧縮
ちなみに、炭鉱跡地の旧居住区群は東洋のマチュピチュと呼ばれていて、いまや観光資源になっているそうです。
また記念館の近くには、新居浜の秋のお祭り“太鼓祭り”の台が一堂にそろう会場がみれる石段が整然と整備されています。
かきくらべ

記念館を後にしてマイントピア別子に~

太鼓の台が展示されています。
子ども太鼓
(こども太鼓)

某藤田社長いわく
「太鼓祭りは台をかいてあの“房”を上手に揺らすと喝采されるんですよ♪」
「子どもたちの太鼓もあって太鼓祭りのビデオなんか、ず~っとみて研究するんです!」
「お正月は帰省しなくても、このお祭りにはみんな帰ってきて町内会ごとの台を担ぐんですよ!」
あ~~~血が騒ぐわ♪♪♪
太鼓台
別子記念館のちょっと影のある表情も魅力的ですが、少女のようにはしゃぐ某藤田社長もとても素敵です♡
いうなれば京都の祇園さんとか岸和田のだんじりとかと同じように、その土地に住む人の精神的支柱になっているのですね~
(拡大解釈すると例えば、冬季オリンピックシーズンのスピードスケート競技にワクワクするスケート王国十勝の十勝人のような?)

銅山の坑道内は、ジオラマになっていて今回は改修中で全部は見られませんでしたがなかなか興味深いものがありました。
坑道圧縮
山を起こし、木を切り、人の生活を支え、煙害や公害と向き合いながら山を鎮め、木を植えていく…
工都を支えた銅山は今やすっかり自然に還り、坑道からは魂のうめき声が聞こえてきそうな気配
人の想いを重ねながら、時代は文化と風土を醸成していくのです。

ヒラリーぽつりと
「北海道はかなわない…どんなに頑張っても…」
人々の織りなしてきた生と歴史の厚みに、ただただ圧倒されるのみです。

【袖ふれ逢うのも】
新居浜の路面店を最後にご案内されて、お弁当にしましょうね~とのご厚意に甘えまくって色々と美味しそうなお惣菜、ヒラリーと詰め詰めしました。
(本当に夫婦ともども不躾で食いしん坊ですいません…スタッフの皆さん、ごめんなさい)

その後、新居浜の駅へ送っていただきました。

「また、必ずお会いしましょう♪お元気で♪ごちそうさまでした♪お世話になりました♪ありがとうございました♪」
「たくさん美味しいお野菜、作ってくださいね!また、四国に来てください♪」
かたいかたい握手をして、お別れです…

“しおかぜ20号”の中で早速、お弁当♪♪♪
サバが美味しい♪伊予牛めしも最高!コロッケになけてくるwww
~超ぜいたくなお弁当、四国の産物を十二分に堪能しました。

ほどなく、睡魔が…でもそろそろ四国を離れる頃~起きてなくては
そう…瀬戸大橋がそこに!
大橋圧縮
絶景です!

やがて岡山駅に~新幹線のぞみに乗り換えて向かうは新神戸。
ところが、この途中の姫路でちょっとしたハプニング!

進行方向に対して左側の座席だったのは偶然でしたが、姫路城!遠くに見えてきました!
日本一美しいとされる城郭、今度また来れたらいいね~などと、暢気にヒラリーがあの角度このタイミングで写真をとりかかり姫路駅を発車して間もなく、ロマンスグレーでジョージ・ルーカスのような外人さんがリュックを背負って乗り込んできました。

ヒラリー「あら♪素敵な外人さん♡」
外国人見ると、すぐこれだ…
ではご挨拶でも~“アイム ヒラリーズ ハズバンド”なんて言ったらアメリカ人ならうけるかもね~“ミーツゥー”なんてアメリカンジョークできり返してきたりして~
なんて、某クリントン大統領と某森総理大臣のやり取りをもじって、クスクスしているとその映画監督(←かどうかわからないけど)戻ってこられて、いきなり切符を見せながら話しかけてきました。

え?え?え?なに?
(英語は考えるんじゃない!感じるんだ…!)
フムフム、“そちらの(ヒラリーの)席、私の席だが…?”

え?えーーーー!
まてよ、ちょっとまってジャストモーメント…あーーーーEぃぃ&ナンバーエイッ(8)ミーツゥ(←使っちゃった)
ジョージ(←かどうかわからないけど)「oh…ah…」おでこを人差し指と中指二本でニギニギと…(刑事コロンボがよくやるあの動作)
こまったねぇ~ダブルエントリーになっちゃってるんだろか?発券ミスかね~?
ところがジョージ、どこまで行くの?京都!あーーーお城や仏閣神社めぐりね~たぶん…
立ち話もなんですし僕たち次の新神戸で降りるから、それまでそちらの空いてる席に座っていましょ~
そのうち、車掌さんも来られるでしょうから プリーズ(そちらの席へ~)

この間ヒラリー、目が点です。
なに?何があったの?ねえ?私何かやばいこと言ったの?
農場長「英語で話しかけてみたら?」英語は感じるのだよ…などと、トンチンカンなやり取りをしている間にもジョージは地図を出してきて、「この列車は京都には行かないのか?」と聞いてきます。
農場長「京都?行くよ、行きますよ…たぶん…先ほど放送してましたから…大丈夫!ノープログラム!」いぇぃ~(親指たててグゥーッ!←かなり古いか?)
ジョージ「あはー!サンキュウ!」

そうこうしているうちに車掌さんが来ました。
どうやら、一本速い新幹線に乗ってしまったようです…あらら…

ヒラリー「なにかお土産あげられないかしら?」
はぁ~?なんでそうなるの?
ヒラリー「だって不案内で心細いでしょうし、間違ってへこんでいるはずよ、きっと…」
ん…そんな風には見えないけれどね~
ヒラリー「それで日本の印象悪くなったらイヤじゃない」
ま~そうね…そうだけどさ、したっけなにあげるのさ?僕はアナタの笑顔で十分だと思うけど~
ヒラリー「何かない?」
そうね…あ!松山城の絵葉書あるわ!そう言えば~きっとお城めぐりしてる外人さんだべ…あと、新居浜駅のガチャガチャでご当地ストラップもあるし…
ヒラリー「それ!いいわ!あげてよ!プレゼントだって!」
えーーーーー?お、おれが?
ヒラリー「いいわよ、じゃ~そのかわり、あなた英語でしゃべってよ!」
はぁぁぁぁぁぁ?なんてよ?『袖ふれ逢うのもご縁ですから~記念にして下さい』って渡すのかぃ?そんな英語、分かるわけないべや!
ヒラリー「考えるな!感じろ!」

間もなく新神戸…
ヒラリー「これどうぞ」ニコッ!
あ…プリーズ プレゼント ホー ユー ジスイズ MATUYAMAJYOU♪
ジョージ(←じゃないだろうけど)「おおおおおー!サンキュ!アリガト!ビューテホー!すばらし!」
オオ喜びでぇす~♪

こういう経験すると、学生時代もっとちゃんと英語の勉強しておけばよかったと、つくづく後悔するのですよね~
そう!子どもたちにも言ってきました~
君たちがお父さんくらいの歳になったら、英語なんて当たり前に話せて、第二外国語がハングルだったり、フランス語だったり、ドイツ語だったり、ロシア語だったり、中国語だったりする。必ずそういう時代が来る!
だから、英語…苦手でもいいから嫌いになるな!

なんて…ね~?

新神戸降りたら…あー!そういえば、姫路城撮るの忘れてた!と、ヒラリー
いいよ、いいよ~ほらそこにポスターあるし~
姫路城圧縮

見ず知らずの日本人からもらったプレゼントはジョージ(←たぶんそんな名前じゃないね)には有難迷惑だったかも…
でも、ヒラリーの笑顔になにか感じてもらえれば~
ジャパニーズシンパな映画また作ってくれるかもね(ルーカスじゃないって)

20年目の新婚旅行もアドリブで切り抜けるハプニングもあって、いよいよ佳境に入ってきました。




健歩もとのごとし
3/3
20年目の新婚旅行シリーズ/まずは足腰の鍛錬からなのだ/愛媛編~

高知から松山までは高速で約2時間
40ものトンネルをかいくぐり、愛媛県は松山に到着~

【ひな祭りのリニューアルオープン】
ひな祭りのこの日
松山のクックチャム問屋町店のリニューアルオープンにクックチャムの某藤田社長と待ち合わせての店内視察。
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ヒラリー、お惣菜の試食をパクついているところに某藤田社長と初対面~
ひら農園のジャガイモやカボチャをご利用していただき、昨年は凶作年だったのでオーダーにこたえられず、一度きちんとヒラリーといっしょにお礼と、お詫びと、ご挨拶にうかがわなければ~というのが実は今回の旅行の最大のミッション!
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お互い、想った印象とはちょっと違った様子でしたが、農場長にしてみると思った通りです。
きっと某藤田社長とヒラリー、相容れるところがあるはず♪
それに、こういう研修視察を兼ねた旅行は女性の方が吸収力高い~
(男の子ちゃんは格好いいことばかり言って実にならない視察研修が多いですから)

お話の合間にも目がいやしいものだから、ついつい美味しそうな気になるお惣菜を色々と仕入れてポイントカードも作ってもらってルンルンとして~
ここで某佐井社長とお別れ
「お迎えと、送っていただいてありがとうございました。この次はぜひ北でお待ちしています」
本当にありがとうございました♪

【又新殿に八百万の神をみて】
ここからは某藤田社長のお車
ベンツ圧縮
ヒラリーぶったまげております~
FORDを運転することはあっても(トラクターだけどね)、ベンツの助手席に乗ることなんかないのだから~と、ヒラリーを助手席にエスコートして一路、道後温泉へ~

道後温泉1圧縮
千と千尋の神隠しの油屋のモデルになったとされる由緒ある温泉
道後温泉2圧縮

あ…いかにも…
いそうですな~菅原文太の声に似た“釜爺”が温泉のお湯の温度を調整していそうです。
“まっくろくろすけ”を手下にしたがえて…
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(ススワタリ写ってる?)
夏目漱石の“ぼっちゃん”の舞台
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周囲の散策で歌碑があちらこちらに~

某藤田社長「温泉はいっていかれます?」

あーーーー入りたい!
神の湯や霊の湯…きっと心が洗われるに違いない!
心にも身体にもついた贅肉を洗い落とし、名のある河の神のように「よきかな」なんて言ってみたい!
でも、心の準備が出来ていないしなぁ…ヒラリー温泉ちょっと苦手だしなぁ…
見学のみはNGかな?
見ると、ん?「又新殿」(ゆうしんでん)皇族専用浴室?!
ぜひ!ぜひ!見学を!
又新殿
皇室御用達の専用浴室、又新殿は案内人のレクチャー付き♪

印象深かったのはおトイレのお話
ウ○チの視検による健康チェックは現世も続いているそうな…
案内人「ここだけの話、雅子様のお加減が悪いのはそのせいではないかと思うのですよ…だって嫌でしょ?毎日、毎回見られるのですよ?」
どうですか?と聞かれ~
農場長「看護婦さんに見られるのはいいですけど…」
案内人「はぁ?」
ヒラリー「ばか…」
某藤田社長「きゃははははは」
(この辺の話をすれば長くなるのですが、別にそういうプレイが好きとかじゃなくて、そんなことが原因で20年目の新婚旅行を敢行しているわけで~)

下々のシモのお話ですので、どうか気になさらずに…

3000年前の神代の世から大国主命と少彦名命が創始したという道後温泉。
シロサギの傷を癒やしたことをみて、たくさんの人たちがこの湯につかり心の傷も治してきたのでしょう。
今でもそこここにいるのがみえるようです~傷を癒やす数多の神様が…
昭和天皇がおつかりになったという湯槽は、それこそ八百万の神様にお守りされている壮厳な趣に風土と文化の深さを知るのです。

~で、某藤田社長とヒラリー、トトロの前で記念撮影
ととろ圧縮
美人姉妹のようですね~♪

【農協月に行く】
道後温泉を後にして、次は名城松山城

土佐高知城に行けなかった仇打ちとばかり勇んでロープウェーに乗り込むと、某JAのNツアーの連隊と同乗することとなりました。
ヒラリー、添乗員のNツアコンダクターを目ざとく見つけ1月のディズニーシーJA女性部団体貸切のツアーに参加して、お世話になったことやらの世間話に花が咲き~

某藤田社長「JAってそんなこともやっているの?」と目をパチクリ

そうなんです。病院も経営してますし、信用事業も共済事業もやっていますし、北海道ならホクレンなんていう経済事業もやっていますし、学校もやってますし、雑誌や新聞なんかも発行しています。
(唯一パチンコ、風俗はやっていない…畑に種をまくことが本業だからそこは不文律かね?)

農場長の青年時代、筒井康隆のドタバタエロチックナンセンスSFが好きで「農協月に行く」も秀逸と思っていましたが、今だと風刺やブラック、恣意的な揶揄を通り越して本当にこの業界の事業は何でもありの、何でもやっちゃう的な世界になってきた感があります。
松山城圧縮

もちろんそれを動かすのはマンパワーなのですが、とにかくJA団体のおそらく女性部の団体さん~お元気です!
というか、公衆マナーなんてあってないようなもんですわ…猛烈です!お母さんパワー!脱帽です!
死んでも健康でいたわ~あきゃきゃきゃきゃ~なんて、ガイドさんの話聞いていない方たちですわな~
今、集合場所と時間、言いましたよ…もしもし(←余計なお世話なんでしょうけど)

眼下の緋寒桜もそれはそれはきれい…見事です♪
緋寒桜

姫路城と双璧をなす美しい城郭
松山城2圧縮

ヒラリー「昔の人は凄いわ!後世にこれだけのものを遺す技術があったなんて…」

まっ、おそらく昭和の建築物で後世にのこるものとしたら…TDL?
(どんな評価をされるかは別にして)

そこを貸し切っちゃうJA女性部もすごいですよ…
そういう意味では、この国の農業かなりへたれてますが農村女性だけはしたたかに生きのこっていくでしょう~

もちろん、農場長の心の中のつぶやきです…
(まだ新婚旅行は折り返しくらいですから~それなりに仲良くしなければ)

したたかに、美しく、健康で生きる~ためには、天守閣への何段もの階段を上り下りしても屁とも思わない足腰が要求されるのだと思いました。
松山城2ショット圧縮

~“健歩如故”(けんぽもとのごとし)~
道後温泉の湯で少彦名命(すくなひこなのみこと)の病が全快したことからちなんで、小松宮彰仁親王が湯釜の宝珠にご真筆されたとういう言葉。もとどおり健康に歩けるようになる~という意味。


軽トラックやトラクターばかり乗っていたのではダメなのですな~
自分で歩いて、見てみないとわからないことだらけです。世の中は…

農場長的に自身のダメさ加減をあらためて痛感する名城から眺める春の瀬戸内の海は、リハビリの足りない膝の鈍痛に似てはるか霞の向こうにぼんやりと浮かんでみえるのでした。




我がなすことは我のみぞ知る
3/3

20年目の新婚旅行シリーズ/龍馬を育てた海/高知編その2~

【歴史を語る時、“もし…”“…たら”はナンセンスなんだけど】
前夜から肝臓にのこった『船中八策』も心地よく、だったら、せっかくだからホテルから往復20分の高知城を散策してみましょうか~
と、ひら農園の“一豊の妻”をつれだって土佐山内家の歴史を探求したかったのですが…
女性って身支度に時間がかかるのですわ…(今更ながら)…結局計画はとん挫

それでも、某佐井社長のお計らいで「桂浜の龍馬は東を向いているので朝のうちの方がいいんですよ」と、一路回天の浜辺へ

高知はすっかり春の陽気、お日さまの力が北とは違いますな~
心地よい風を海から受けて、見上げるは龍馬像
龍馬像圧縮

記念撮影などして~
記念撮影圧縮

桂浜を散策
桂浜散策圧縮

ヒラリー、感嘆しきり
「高知はすごいわ…♪」
そう~
人を育てるのは人ではあるのだけれど、その人を育むのはその土地土地の文化であったり、歴史であったり、自然や風土なのでしょう。
そういうものに、龍馬も育てられてきたのですよ…きっと

~回天の浜辺~
大老、井伊直弼が桜田門で勤王の志士に討たれる…桜田門外の変(万延元年3月)
…永き鎖国の代償は諸外国の不平等な開国の圧力に、幕府の権力も揺れて…であっても、250年の幕藩体制。その幕府の最高権力者が江戸城のすぐそばで一握りの浪士に討ち殺される…この当時考えられることではありませんでした。
上士に虐げられ夢すら持てなかった土佐郷士の青年達はその報告を、後に土佐勤王党の党首になる武市半平太からうけ、安政の大獄の恨みを晴らしたとばかり体中の血を逆流させるのです。
「明日の日本を拓いていくのは、俺達なのだ!!!」
その血気盛んな青年群像の中に、龍馬がいました…まさに維新回天を仲間と誓う浜辺
-武田鉄也原作の「お~い!竜馬」の桂浜のシーンから-


桂浜を散策しながら某佐井社長と興味深い話に~
農場長「歴史話に“もし”や“たら”はご法度ですが、もし龍馬が生まれてなかったら、もし龍馬が暗殺されず明治の世まで天寿を全うできたら…この国はどうなっていたでしょうね~ちょっと楽しく想像してしまいます」
某佐井社長「たぶん、暗殺されずにいたらここまで有名にならなかったかもしれません」

あ~なるほど、そうかも…近江屋での暗殺はやはり謎が多すぎる。
真相は闇の中だし、だからこそ掻き立てられる何かかが龍馬像にはあるかもしれません。
もし生きていたらと思うと余計魅了してやまない龍馬のその時と、それからと~

何も語ることなく近目の涼しげな眼差しは、明日の日本を想い黒潮を遠くに眺めています。
回天の浜辺に起ち、「それでも俺たちがやるのだ!」と…

【語りが必要なんだ】
桂浜を後にして、某佐井社長のアピタ工場の見学へ~

前段、某佐井社長が「奥さんが見ても、あまり面白くもないでしょ」に、知識欲満点のヒラリーは「いえいえ!ぜひ!ぜひ!見学させてください!」と、なかばゴリ押しで伺う工場見学。

でもヒラリー、思った通り~というか、それ以上の反応。
農場長「ね~?わかったでしょ?見たら一発で!そうなんだよ、タレやさんってこのことなんだよ」
ここでもヒラリー感嘆しきり~「すごい~すごいわ!」を連発です。
さすがISO22000(食品安全マネジメントシステム)!

以前お邪魔した時も某佐井社長はおっしゃっていました。
「これからは、“語り”のあるものでなければならないと思っています。でなければ、安ければなんだってイイの世界ですから…」
う~ん…痺れます。
奥様とも前夜のお礼と色々と
「高知はもっと色いろ見ていただくところ、沢山あるんです。四万十もホエールウォッチングも、あまり浮気しないで今度は高知にだけいらしてください」
こちらこそ、こんなにはおもてなしはできませんがぜひ北海道のいい時期にご夫婦でお越しください。

お別れの握手をして、乗り込む昼食会場は自分で焼いた鰹のたたきが食べられるお店。
かつおたたき圧縮

ここにも、ただ食べられるというだけでなく“語り”があるのですな~
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某佐井社長「本当に美味しい時期の美味しい鰹はこんなものじゃないですから」
いえいえ十二分に堪能いたしました。
大満足です♪

前夜の船中八策の残り火でオーバーワークだった農場長の肝臓も、鱈腹(鰹なのに)の鰹のたたきできれいに癒されて高知を後にしました。

向かうは愛媛
今度は美人社長が待っているんです♪




たっすいがは、いかん!

3/2
20年目の新婚旅行シリーズ/高知編~

21世紀の食卓を考える会で、ミニ講演をして以来高知と愛媛は新居浜の食品会社関係の社長さんと懇意にさせていただいて、オンシーズンになる前にお取り引きのことも含めてご挨拶がてらうかがわせていただければ…出来ればヒラリーともども~
今年になってそんな計画をたててから、トントン拍子でプランが成立して新得から朝一番の新千歳に向かうJR

ここ数日暖かでしたが、北らしくしばれました…-10℃以下
樹氷がきれいです。
(予報では高知、20℃近く?)
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実は農場長とヒラリー、結婚してから20年を過ぎましたが人並みの結婚式をあげてはいたものの、新婚旅行はわけがあって行っていませんでした。
そんな罪滅ぼしをかねた今回の旅行は、高知―愛媛(新居浜)―神戸の3泊4日

飛行機座席はいつものごとくCAの前の非常口座席…といっても、今回はパートナーがいるのでいつもとは勝手が違います。
でも…落ちそうで落ちないJALはケガ人(ギブスや松葉づえ)や実年カップルのお客さんには特に親切にしてくれていそうな気がします。

羽田乗継で空弁を買って遠くの富士山を雲の上に見てお弁当をパクつきながら、あっという間に高知は龍馬空港に到着♪
お迎えに来ていただいたのは、高知でタレ製品を製造しているアピタの某佐井社長と奥様
ちなみに、タレ製品→説明が難しい…工場と製品を見ていただければ一発でわかるのですが~
ヒラリーもこの時点ではチンプンカンプンです。

食事まで景勝地や観光を~と、お車で案内をしていただきました。
龍河堂圧縮
(龍河堂~鍾乳洞)
鍾乳洞9圧縮
かなりハードでした…膝がガクガクと(笑)

竜馬歴史観圧縮
(龍馬博物館~蝋人形の館)
龍馬ファンでしょうからby某佐井社長~ありがとうございます♪恐縮です~

そして食事の前に、ひろめ市場見学
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やはり北にはない海産物や色々…ワクワクです♪

あら?あれ、どういう意味でしょう?
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某佐井夫人に聞いてみました。
「たとえばビールだと“気の抜けているのではダメだ!”みたいな意味です」
あ~なるほど…味が薄いとか、よわよわしいとか、頼りないとか…
(そういえばヒラリーにいつも言われているな~オレ←by農場長)

~で、すっかりお腹がすいてしまい前回お邪魔した時にも、あまりにお野菜料理が鮮烈だった『左』にてあらためて再会と出逢いを祝して乾杯♪♪♪
料理人とカウンターのやり取りは真剣勝負の様相ですが、やはりここのお料理は裏切らない…すばらしい!
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(のれそれ~まずは穴子の稚魚のポン酢)

北海道からということで北ではなかなか口にすることがない高知産、四国産、関西産の産物に痺れてしまいました。
もちろん、サイレントな龍馬フリークには欠かすことが出来ない『船中八策』に早々と切り替えて~♪

~船中八策~
龍馬が起草した新国家体制の基本方針とされるもので、大政奉還論を進言するための上洛中の藩船洋上で土佐藩参政 後藤象二郎に対して提示したもの…
“世界”をのぞんだ龍馬だからこそ想い得た政策的精神支柱です。
「人は…身分によってでなく、人格によって評価され…、身分によってでなく、それぞれの能力と努力によって…やりたい仕事に就け、人は…決して、故なき束縛、差別を受けず、理不尽に遭わず…、抱いた志…、夢が…権力によって踏みにじられ葬られることが、決してない世に…」
幕府を倒す改革が、そういう世をつくるものでなくては、なんのための愚かな同じ人間同士の血の流し合いであったのか…


龍馬の叫びが聞こえてきそうです。

お料理も堪能してすっかりいい気分に~
では次はと、某佐井社長が
「二次会は私たち夫婦が若いころから一緒に通った店なんです」
と、ヒラリーともどもご案内されて情感豊かな土佐の女性にまたまた魅了された次第♪

ちなみにヒラリー、一滴もお酒が飲めません。
~が、一番とばしてましたなwww
(内容はちょっと活字にはできませんわ)

某佐井社長と奥様いわく
「奥さん、一番のんどるみたいですな~吉本の夫婦漫才をみているようですわ♪あはははははは~」
いえいえこちらこそ、楽しい楽しい南国の春の夜を過ごさせていただきました。
(ありがとうございました♪)

20年目の新婚旅行の初夜もトップリと真夜中を過ぎてホテルの帰路につき、ようやくとベッドに崩れ落ちます…さすがにのみすぎました♪♪♪
ヒラリーのお小言が遠くにこだまして、まるで催眠術のよう~

ん?あらら…もう龍馬が夢に出てくるの…
『たっすいがは、いかんぜよ!』




聖鍬いざや打ちふらむ

3/1
新しい春に色々な想いを交錯させて~

今日は長男の高校の卒業式。
六角校章

地元の帯広農業高校は農場長の母校でもあります。
式会場

その母校には当時在学中に担任をつとめた恩師が教鞭にたっていて、この春退職されます。

卒業証書を各自に渡す最後のホームルームも若い熱血先生の涙あり、笑いあり…
最後の授与

そんなホームルームの後、我が恩師に長男がお世話になったこと、ながきの教員生活にご苦労様とひとこと言いたくて~

恩師「おーー!きたか…むすこ、卒業おめでとう!」

あ…あの頃と何も変わっていない…
当時は長男の今の熱血担任のようだった恩師も、あの頃のあのまま…

農場長「ありがとうございます。たいへんお世話になりました。先生もながきの教鞭、ご苦労様でした。」
恩師「もう~あとはボケるだけだな…あははは~」

相変わらずお元気そうです。
でも、やはり歳をとられた…

恩師「遊びに来るみんなに、渡しているんだ」
~と、30年前の農場長の受験票の写真台紙を手渡されました。
ひよこ

農場長「うひゃ~別人…どこかの宇宙人みたいだ!」
ほんとうにお恥ずかしい限り…
ずいぶん人生の余計な贅肉が付きましたな~

でも、それより驚いたこと、嬉しかったことは30年前のそんな合否台紙を未だに大切に保管していることでした。
こんなヒヨコみたいな若者を相手に熱血漢で厳しい恩師も、今は歳をとったとはいえやはり私たちの心の中ではいつまでも厳しくも優しい敬愛すべき先生であることは変わりありません。

青春の時に出逢う大切な人は、人生の宝物だと思います。

「ありがとうございました」
と、懐かしい校舎を後にして~
夏休み、冬休み、春休み…と、部活の練習のたびに送り迎えをした道中も、今日で一区切り

新しい春に向かって、振り返ることなく行けよ!
でも、今の君達を支えているものは君達の人生の宝物たちなのだ…
そういうものといかにして出逢い、いかにして邂逅するか~
それが青春なんだ!

また新しい春が君達を待っているぞ!